「田原総一朗Twitterの神々」小説風評価

 

最近、テレビや新聞など、既存のメディアに対する批判を、よく目にするようになった。

既存メディアは、情報操作、あるいは一部の国民をマインドコントロールしているというのだ。

それは弥生丸も感じていることだった。

いい例が民主党の小沢一郎の件だ。

彼は新聞やテレビなど、既存のメディアから徹底的に叩かれたことによって、悪者だというイメージを植え付けられている。

しかし少なくとも彼は、私たちの目に見える範囲で悪行は働いていない。裁判は無罪だった。つまり彼は、小沢一郎は悪者ではないのだ。

新聞やテレビの報道如何で、誰しもが悪にも善にもなりうる。

 

「田原総一朗Twitterの神々」では、そんな既存メディアへの批判が、徹底的に討論されている。

この本は、Twitterで人気のある堀江貴文など、Twitterの神々と呼ばれる人たちと田原総一朗の対談をまとめたものだ。

この本を読み、弥生丸がもっとも驚いたのは、元ライブドア社長、堀江貴文が冤罪ではないかということだった。

堀江貴文は実刑判決を受けている。それが冤罪だとすれば、とんでもないことだ。

 

無論、一個人の弥生丸には、真実はわからない。

しかし、そういう話がある、という事実が重要だ。

この堀江貴文も、テレビ、新聞などの既存メディアから徹底的に叩かれ、悪者にされてしまった一人なのである。

テレビ、新聞などの既存メディアへの批判は、ここ最近あらゆる書物てま目にするようになったが、あらためて考えさせられる一冊であった。

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