阿佐田哲也「新麻雀放浪記」書評

阿佐田哲也。言わずと知れた坊や哲。漫画にもなっていることは知っている方も多いだろう。その阿佐田哲也の著書である。

桜井章一さんと並び、名を残した麻雀打ちとはどこかこう、鋭い豹のようなイメージがある。もっと簡単に言ってしまえば怖い。阿佐田哲也さんにも、私はそんなイメージを持っていた。

しかし「新麻雀放浪記」に出てくる阿佐田哲也さんは、単なる冴えないオヤジである。一戦を退いた40代の頃を描いた物語りで、そのことは物語りの中でも、自ら何度も語っている。

そんな阿佐田哲也さんが、ある日ヒヨッコと呼ばれる若者と出会い、行動を共にするようになる。そのヒヨッコに語る、麻雀哲学が面白い。いや、麻雀哲学というよりは賭事全体を通しての悟りである。それは理論的なことではなく、はっきり言ってオカルトなのだが、オカルトであるがゆえに深い。麻雀は技術云々よりも、精神的に勝っているものが勝つという。これに意を唱える人は少ないと思う。私はネット麻雀ならばある程度自信があるが、リアルになると自信がない。それは気弱なせいもあるが、人から金を奪うことに抵抗を覚えるからだと思う。精神が勝負を左右する一例だ。

「新麻雀放浪記」はひとつの物語りになっているのだが、ヘタなプロが書く小説よりも断然面白い。

嫁の母が病気をし、金を稼ぐために一生懸命働くが、その一方で浮気をしてギャンブルにのめり込むヒヨッコ。

妖艶さと可憐さを持ち合わせながらも、金が絡むと非情になる賭場で育った女、花江。

阿佐田哲也に仕事紹介したりなど、一見親切にするが、一方で人の骨の随までしゃぶり尽くすような、抜け目のないかる源。

この物語りに、完璧な人物など一人も存在しない。皆短所と長所を平行に持ち合わせている。だからこそ人間臭さがあり、どの登場人物も魅力的に映る。なんどでも読み返したくなるような、心に滲む一冊だった。私は昔から高尚な書籍よりも、あくどいが人間臭さのある小説の方が好きだ。

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