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ハマった。

僕が六花の勇者を見終わって思ったことは、もっと観たいだ。

六花の勇者は全12話とアニメとしては短い。

もうフレミーを観ることができないと思うととても寂しい。


僕は六花の勇者を観て、改めて気づいたことがある。

それは心を閉ざしたキャラが好きだということ。

物語りとしてはけっこう王道展開なのかもしれない。だいたいひとりくらいいたりする、なにかしら過去の出来事が原因で、心を閉ざしてしまったキャラクター。


しかし心を閉ざしたキャラクターは心を閉ざしたまま終わることはない。

必ずなにかがきっかけになったりして、徐々に心を開いてゆく。


僕はそういう展開が好きだ。

人を信じるのが怖い。信じると辛くなる。信じなければ、心が傷つくこともない。

しかし心は、自分の思い通りにはならない。

信じたくない、もう傷つきたくないと思っても、信じてしまう。

そして信じてしまうことがどうしようもなく辛い。


だが、その気持ちはまたどうしようもなく、溢れ出る思いに心は決壊し、やがてはすべてを委ねる。

大丈夫だ。俺なら信じて構わない。

俺は絶対に、おまえを裏切ったりしない。すべてを俺に預けろ。


この閉ざしていた心が崩壊する瞬間に僕はアニメを観ていて快楽を感じる。

恋愛に似ていると思った。

好きだったひとが自分を好きになってくれた瞬間、自分に心を許してくれた瞬間はとてつもなく嬉しいだろう。


そう考えると、僕はアニメを観ながら恋愛をするのと同じ気持ちを感じているのかもしれないと思った。

そしてたぶんそれは不思議なことではないんだろうなと思った。

物語りは感情を移入するものだから。


人には3大幸福ホルモンと呼ばれる脳内神経物質がある。

ドーパミン、セロトニン、オキシトシンだ。

聞いたことがあるひとも多いと思う。

主に興奮したときや、感情が高ぶったとき、人に触れたときなどに脳内から分泌されるものだ。

僕は六花の勇者を観ながら、脳内物質をドパドパと垂れ流した。

つまりは健康にも良いということなんだよね。

アニメ健康理論を、ここに打ち立てるとしよう。

六花の勇者の物語り

そのタイトルから、勇者が悪と戦うんだろうなと想像する人は多いだろう。

実際、僕もそうだった。

6人の勇者が、悪と戦うんだろうなと思って観始めた。


しかしフタを開けてみれば、まったく違った。

タイトル詐欺といってもいいかもしれない。もちろんいい意味で。

これはファンタジーを装ったミステリーだ。


選ばれし6人の勇者が集まるところ、なぜか7人が集まってしまう。

一人は敵陣の刺客がまじっている。

犯人はだれだ!?

というのがこの物語りの主軸。


そしてトリックには密室が使われている。

例え、あくまで例えだけど、ミステリー小説ではよくある密室殺人。

人が殺された、しかし部屋には内側からカギがかかっていた。

犯人は一体どうやって被害者を殺したのだ・・・?

というのが密室殺人で、六花の勇者もこれに似た謎を主軸に展開される。


だがそもそも、ミステリーとファンタジーは本来ミスマッチだと思う。

ミステリーは現実的でなければならない。

現実的であることにより、視聴者側に思考や推理の制限をかけることができる。

一体どうやって・・・?

僕たちとしては、そうやって考察を楽しむことができる。


だがこれがファンタジーになってしまうと何でもありだ。

例えば密室なんて、魔法でなんとでもなる。

瞬間移動もできるかもしれない。

実はこんな能力が使えましたと、言ってしまえば終わりだ。

推理など関係なく、作者のゴリ押しで謎などいくらでも解決できる。


だが六花の勇者ではそれをしなかった。

ファンタジーのなかで生まれた謎は、あくまでファンタジーのなかで解決する。

ファンタジーという要素をうまく生かした物語りだ。


六花の勇者は小説を原作としている。

30万部を売り上げた人気の小説らしい。

僕は原作は観ていないが、アニメは続きをみたい。

作者にはもっと頑張ってもらって是非続きを観せてもらいと思うので、気持ちだけですがエールを送ります。

もうフレミーがね、好きなんですよ。

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